生物の細胞内液において、カリウム(K)の含有量がナトリウム(Na)に比べてはるかに多いことは広く知られているが、その明確な理由は未解明である。これまでに、無胞系での遺伝子発現実験で、スペルミジン(SPD;細胞に存在するポリアミン)存在下、Na+とK+ の効果を比較すると、K+が著しく遺伝子発現を促進することを、私たちの研究室から論文として発表してきている(西尾らPLoS ONE (2020))。今回は、種々の1価陽イオン(Li+、Na+、K+、Rb+、Cs+、(CH3)4N+)の、転写・翻訳(TX-TL)および、翻訳(TL)のみに対する影響を無細胞系遺伝子発現により比較した。その結果、TX-TL、TLいずれにおいても、Rb+ > K+ > Cs+ > Na+ ≈ Li+ > (CH3)4N+の順に遺伝子発現を強く促進し、Rb+が最も強く遺伝子発現を促進することを明らかにした。これらをまとめた論文が国際誌Advanced Biologyより出版された。西尾博士(本研究室およびドレスデン工科大学博士研究員)が第一著者、政岡君(2021年度卒業生)が第二著者。ドレスデン工科大学のSchiessel教授との共同研究。

[更新日] 2022.10.03 [カテゴリー] 最新情報

生体内に存在するゲノムDNAは長さ数十μmから数cmに及ぶ巨大な分子であり、細胞周期など細胞内外の環境に応じて著しくその高次構造を変化させている。本研究では、高分子の100 kbpを超える長鎖DNAをPEGとDEXの高分子水溶液に加え、溶液を攪拌して水/水の相分離が起こると、細胞サイズの液滴にDNAが取り込まれた構造が自発的に生成するといった現象について研究を進めた(なお、高分子溶液をDNAやactinなどの生体高分子存在下、攪拌すると、細胞様の構造が自己組織化により生じることは、私たちの研究室から、論文として発表してきている:中谷ら、ChemBioChem(2018); 作田ら、ChemBiocChem(2020), など)。3価の生体ポリアミンであるスペルミジン(SPD)を添加することで、液滴内部でDNAの折り畳み転移を引き起こさせ、それを一分子鎖レベルで観察することに成功した。その結果、coil状態や、ゆるく凝縮したDNAは液滴内を自由にブラウン運動する一方で、タイトに凝縮したDNAは液滴の界面に局在する傾向があることを明らかにした。これらの成果をまとめた論文が国際誌PLOS ONEから出版された。西尾君(D3)が第一著者。

[更新日] 2021.12.15 [カテゴリー] 最新情報

私たちの研究グループは、高分子溶液が引き起こす水/水ミクロ相分離現象に伴い生じるミクロ液滴を細胞の実空間モデリングに活用する研究を展開してきている。しかし、ミクロ液滴は、液滴同士が融合する傾向があるという問題点があった。本研究では、ガラス細管を用いることにより、細管内にサイズの揃った液滴が自律的に配列しその状態を長時間保てることを見出した。さらに、DNAや赤血球、生細胞などを加えた溶液においても、DNAや赤血球、生細胞を内包した状態で、サイズの揃ったミクロ液滴がガラス細管内に自律的に配列することも明らかにした。相分離の速度過程(spinodal decomposition)にガラス表面の境界条件をとりいれた理論計算により、実験結果を再現することにも成功している。本手法は、人工細胞作製の新規かつ有用な手法となることが期待される。これらをまとめた論文が国際誌Scientific Reportsより出版された。庄野さん(理工学研究科D1, 2020年度修士卒)と伊藤君(2020年度修士卒)が筆頭第一・第二著者、藤田さん(M2)が第三著者、作田博士(特任助教)が責任著者。

[更新日] 2021.11.28 [カテゴリー] 最新情報

超音波は画像診断に活用されるとともに、高出力の条件下では癌細胞に障害を与えることにより治療手段としても用いられてきている。超音波が、生体に対してどのような条件では安全であり、どのような条件では癌の治療に有効であるのかを明らかにすることは喫緊の重要な課題となっている。本研究では、溶液中でのDNA一分子観察の実験手法を用いることにより、中心周波数1 MHzの超音波パルスを照射した際のDNA二重鎖切断の発生頻度の定量的な評価を行なった。DNA二重鎖切断を引き起こす音圧には、閾値が存在し、閾値以下の音圧では損傷を引き起こさないことを明らかにした。また,マイクロバブル存在下でのDNA二重鎖切断についても実験を行い,DNA切断を引き起こす音圧の閾値が低下することを確認した。これらの研究結果をまとめた論文が、国際誌The Journal of the Acoustical Society of Americaに出版された。馬博士(本研究室で大学院(修士・博士)を修了し、昨年9月まで博士研究員、現在は京大高等研究院研究員)が第一著者、同志社大生命医科学部の秋山教授、千葉大の吉田准教授との共同研究。

[更新日] 2021.06.21 [カテゴリー] 最新情報

生体内のゲノムDNAは、ノンコーディング領域を含め、その長さが数十µmから数cmに及ぶ巨大分子であり、短鎖DNAとは物理化学的な性質が大きく異なる。本研究では、無細胞系遺伝子発現実験によって、鋳型となるDNAの鎖長が1.7 kbpから25.7kbpになると、遺伝子発現の活性が1000倍増大することを見出した。また、これは、鎖長の長いDNAがそのコンフォメーションを変化させることで、転写部位でのRNAポリメラーゼ濃度を局所的に高めるためであると考えられる。原子間力顕微鏡による発現溶液中のDNA一分子鎖観察を行うことにより、このようなメカニズムの妥当性が裏うちされた。これらをまとめた論文が国際誌Scientific Reportsより出版された。西尾君(D3)が第一著者。京都大学の佐藤慎一准教授との共同研究。

[更新日] 2021.05.24 [カテゴリー] 最新情報

コーヒー粉末を含んだ懸濁液を乾燥させると、液滴の外周に粉末が円形に集合することはよく知られており、コーヒーリング効果と呼ばれている。それに対して、懸濁液を回転盤上で乾燥させると、乾燥初期にはうねうねしたパターンが現れ、後期にはサイズがほぼ揃ったmmスケールの円形パターンが多数出現することを見出した。この円形パターンの内部はwater-richの領域となっている。回転盤上で懸濁液は周期的な加速度を印加されており、これがmmスケールで、粉末をミクロ相分離させているとして理論的な解析も行った。原理的には、コーヒー粉末に限ることなく、粉末を含有する懸濁液で一般的に生じる現象であると考えられ、今後様々な粉体を含む溶液から自己組織化パターンを形成される新たな実験手法として研究が発展することが期待される。これらをまとめた論文が国際誌Physicsに出版され、highlight論文にも選出されました。上野さん(DC)、庄野さん(M2)、小川さん(M1)が第一、第二、第三著者。

[更新日] 2021.03.02 [カテゴリー] 最新情報

ポリアミンの化学構造の違いが、DNAの高次構造や遺伝子発現活性に与える影響を、実験と理論計算の双方の視点から明らかにした論文が、国際誌Int. J. Mol. Sci.に出版されました。ポリアミンは、すべての生物種が保有しているカチオン性の生理活性物質であり、様々な細胞機能に関与していると考えられています。本研究では、ヒトなど広範な生物が保有するポリアミンであるspermineと、その構造異性体であるthermospermine(植物に多く存在)、 N 4-aminopropylespermidine(好熱菌が産生)の3種の4価ポリアミンの作用を比較検討しました。その結果、遺伝子発現の抑制とDNAの凝縮転移の双方に対して、thermospermineが最も高い効果を示すことが実験的に示されました。理論計算においても二重ラセンDNAを構成するリン酸基に対してthermospermineが最も強く相互作用することを明らかにしました。このように本研究は、ポリアミンが引き起こすDNA高次構造変化が、遺伝子発現活性に直接関係していることを明らかにしたものとして、新規性の高いものとなっています。北川君(M2)、西尾君(D2)が第一、第二著者。名古屋市立大学の樋口教授、梅澤准教授、New York City Univ.のShew教授との共同研究。

[更新日] 2021.02.27 [カテゴリー] 最新情報